ブログ主が別名で書いたエッセー。 *** 娘が見知らぬ男に手ごめにされた。 既に、離婚訴訟にて親権を手放せしと言い条、 生物学上の親としては、やはり耐え難いものである。 しかし、ここで疑問が残る。 質問主に親権はない。 無いのだ。 おそらく離婚時に質問主の別れた元配偶者が持っていったものに相違ない。 つまり、親としての権利は母親にあり、つまりは親としての責任も 母親にあるのだ。 この父親は親としての権利を裁判にて喪失している。 ならば親としての責任もまた、存在しないのではなかろうか? 以上のことから考えて、この件は質問主の元妻が対処すべき事柄であり、 質問主は、不要な干渉とのそしりを受けたくなくば、手を引くことをオススメする。 ちなみに言うが、子供が相談してこようが、あなたが乗った時点で あなたが、主導したと悪意ある離婚相手に言われるのがオチである。 現実を直視しなさい。 |
回答乞食を私たちは、どう扱うべきか?
ブログ主が別名で書いたエッセー。
***
知恵袋に、BA乞食なるものは、多く徘徊せしが、
回答乞食とは寡聞にして聞いたことがない。
おそらく、釣り質問を連発してたくさんの回答をおびき寄せる類の
知恵袋参加者のことであろう。
ちなみに、釣りとは、ネットスラングの一種にて。
何か耳目を惹きつける語句を並べ立て、ちょうど釣り人が餌を以て魚を
おびき寄せる様に似せ、回答者をおびき寄せる類の質問、ないしスレッド、
およびそれの建て主の事である。
閑話休題。
この質問の、本題たる回答乞食についての筆者の所見に移る。
一言で言うと、回答乞食は淋しい人である。
現実世界で満たされぬ心の隙間を、あえて叩かれること必定の反感を誘う
語句、論旨で吸い寄せたネット住民に罵詈雑言を浴びせかけられることにより
被虐的な倒錯的快楽に身を投じる変態である。
かような変態を野放しにしておく事は今後のネット上、および、その延長上たる現実世界に軽視できぬ脅威を与える可能性が有り、それを食い止めるためにも
彼ら不穏分子のガス抜き弁として知恵袋なり2ちゃんねるなりは存在し続け
なくてはならないのであろう。
だが、同時に、これらガス抜き弁の存在が、そも危険な欲求の培養床にもなっている事実にも目を背けてはならない。。
「培養床不要論」と「ガス抜き必要悪論」との争いは、遠く古代ギリシアの
プラトン「詩人追放論」と弟子のアリストテレスの「感情浄化論(カタルシスの語源)」にまで遡れる永遠のテーマである。
当時、一世を風靡していた「悲劇」を題材として、これを、市民の心に
女々しい種々の感情を培養致せしものとして断罪、主著『国家』にて
理想的国家に詩人は不要と放言したのがプラトン。
いっぽう、アリストテレスは『詩学』にて、感情の浄化をもたらし
より高貴なる状態に保つとして、詩作とその鑑賞を擁護。
この二人の師弟が決裂し、アリストテレスがアカデメイアを去る原因の
一つとなる。
結論・・私個人の意見を申すならアリストテレスの肩を持つ。
多少、フィクションにより増幅される要素もあるとは言え、
もとより様々なマイナス感情は、私たち人間一人ひとりに抜き難く
宿りしものにて、それを無かったことにすることはできないからである。
そして、実際あるものを無かったことにすることは、これ抑圧を致すことに
通じ、以て精神病の温床となる。
それよりは己らの心の闇をしっかりと見定め、これを心の中より
取りい出すツールとして利用したほうが現実的な選択である。
***
知恵袋に、BA乞食なるものは、多く徘徊せしが、
回答乞食とは寡聞にして聞いたことがない。
おそらく、釣り質問を連発してたくさんの回答をおびき寄せる類の
知恵袋参加者のことであろう。
ちなみに、釣りとは、ネットスラングの一種にて。
何か耳目を惹きつける語句を並べ立て、ちょうど釣り人が餌を以て魚を
おびき寄せる様に似せ、回答者をおびき寄せる類の質問、ないしスレッド、
およびそれの建て主の事である。
閑話休題。
この質問の、本題たる回答乞食についての筆者の所見に移る。
一言で言うと、回答乞食は淋しい人である。
現実世界で満たされぬ心の隙間を、あえて叩かれること必定の反感を誘う
語句、論旨で吸い寄せたネット住民に罵詈雑言を浴びせかけられることにより
被虐的な倒錯的快楽に身を投じる変態である。
かような変態を野放しにしておく事は今後のネット上、および、その延長上たる現実世界に軽視できぬ脅威を与える可能性が有り、それを食い止めるためにも
彼ら不穏分子のガス抜き弁として知恵袋なり2ちゃんねるなりは存在し続け
なくてはならないのであろう。
だが、同時に、これらガス抜き弁の存在が、そも危険な欲求の培養床にもなっている事実にも目を背けてはならない。。
「培養床不要論」と「ガス抜き必要悪論」との争いは、遠く古代ギリシアの
プラトン「詩人追放論」と弟子のアリストテレスの「感情浄化論(カタルシスの語源)」にまで遡れる永遠のテーマである。
当時、一世を風靡していた「悲劇」を題材として、これを、市民の心に
女々しい種々の感情を培養致せしものとして断罪、主著『国家』にて
理想的国家に詩人は不要と放言したのがプラトン。
いっぽう、アリストテレスは『詩学』にて、感情の浄化をもたらし
より高貴なる状態に保つとして、詩作とその鑑賞を擁護。
この二人の師弟が決裂し、アリストテレスがアカデメイアを去る原因の
一つとなる。
結論・・私個人の意見を申すならアリストテレスの肩を持つ。
多少、フィクションにより増幅される要素もあるとは言え、
もとより様々なマイナス感情は、私たち人間一人ひとりに抜き難く
宿りしものにて、それを無かったことにすることはできないからである。
そして、実際あるものを無かったことにすることは、これ抑圧を致すことに
通じ、以て精神病の温床となる。
それよりは己らの心の闇をしっかりと見定め、これを心の中より
取りい出すツールとして利用したほうが現実的な選択である。
議事録 第2回最高幹部会議
以下は、第2回最高幹部会議の模様
議長はjoker
*****
これよりぃ、第二回最高幹部会議をー、開催するぅ。
議長はぁ、わたしであるぅ。
議題その一:タバスコ宰相が、暦の作成を3月21日までで中断、同22日以降を、別の誰かに
引き継いでもらいたいそうだが、それを認めるか否か?
はい。投票ぉ!
>>
はい、賛成5、反対3にて、タバスコが執筆を降りることが確定しました!
では、議題その二:後任の執筆者を誰に充てるか?
メンバーは、これはと思うものを自薦他薦問わず推薦せよ。
>>
はい。過半数取得したので、鮫皮bagさんに、暦の3月22以降の執筆をして頂きます。
第二回最高幹部会議は、これにて閉会!

異議無し!
2013/1/4(金) 午後 7:39[ 鮫皮のbagを持つ女 ]返信する